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誰かとどこかで 小泉さんと成城でシャンソン (2010年9月20日)

敬老の日の9月20日、成城ホールに初めて永六輔さんをお招きし、「誰かとどこかで 小泉さんと成城でシャンソン」の公演が行われました。




この公演のタイトル…「誰かとどこかで」と聞いて、すぐにピンときたかたは間違いなく永さんのファンでいらっしゃいますね!このタイトルはもちろん、永さんが パーソナリティを務める、ラジオ番組から付けたものです。余談ですが、この番組について調べてみたところ、当初番組名が今と違い、「どこか遠くへ」だったと 知りました。現在のタイトルに変更されたのは、今から40年以上も前のことのようですが、この公演のお客様には、その頃からラジオで永さんの声をお聞きになって いらした方もきっといらっしゃったのでしょうね。
ラジオと同じく、永さんのトークのお相手は遠藤泰子さん。そして、小泉源兵衛さんのピアノで歌ってくださるシャンソン歌手の方が4名と、 さらにクラリネット奏者の清水万紀夫さんをお迎えし、バラエティに富んだ面々での公演となりました。

ここで、まずは出演者のご紹介をさせていただきますね。

永 六輔(トーク)
中学生のとき、NHKラジオ『日曜娯楽版』に投書をして以来、ラジオ中心に作詞、テレビ、出版の仕事を続けている。生活の大部分は旅暮らしで、そこで感じた矛盾や感動を語り、時々には市民運動やボランティア活動を手伝っている。1992年、NHK放送文化賞受賞。1994年、都民文化栄誉賞受賞。

遠藤 泰子(トーク)
1966年4月TBS入社。1971年12月同局を退社、フリーとなる。過去にテレビでは、ワイドショー「3時にあいましょう」「世界音楽祭」「歯の時間」等の司会を務めた。ラジオでは、数々の番組の司会パーソナリティー等を務め、現在はTBSラジオ(全国ネット)「永六輔の誰かとどこかで」、TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ」に出演するほか、講演、話し方研修、ナレーション、朗読を行う。

二宮 眞知子(シャンソン)
武蔵野音楽大学声楽科卒。NHK軽音楽オーディションに合格したことを機に、シャンソンの道へ。石井好子氏、深緑夏代氏に師事。日航ミュージックサロン、銀パリをはじめ、各シャンソニエ、また、コンサート等でライブ活動を行う。1988年より、東急セミナーBE渋谷のシャンソン教室の講師を務める。1990年、「シャンソニエ リラ」を荻窪にオープンした。

米元 ますみ(シャンソン)
白百合学園在学中より安部けい氏に声楽を師事。大学卒業と同時に、宇井あきら氏にシャンソンを師事し、銀パリに出演。岸洋子さんと同期。地方公演、関西テレビ等に出演するが、結婚を機に活動を休止。ブランクを経て再び歌い始め、シャンソンフォリー(メルパルクホール)、十字架パリ祭、三越劇場に毎年出演。ディナーショー、シャンソニエ、各種イベントに出演中。

海原 純子(シャンソン)
医学博士、厚生労働省健康大使。東京慈恵会医科大学入学後、父親の病気のため、19歳から新宿のclub「カドウ」で歌手活動を始める。24歳で、フジテレビ系ドラマの主題歌をリリース。フォノグラムから発売するも、25歳で医師となり歌手活動を断念。大学病院勤務を経て、医療に専念する。1999年、ピアニストの小泉源兵衛氏に出会い、歌手活動を再開。芝メルパルクホール、東京プリンスホテルなど全国でコンサートやディナーショーを開催。2004年、地中海レーベルから、CD「私の時間~Ma Vie~」をリリース。現在は、白鴎大学教授、昭和女子大学客員教授、ハーバード大学客員教授として、日本とボストンを行き来している。最近は六本木のJazz House「Alfie」を中心にジャズ歌手として活動し、ボストンでジャムセッションに参加している。

花島 皆子
1962年、松旭斎すみえ氏に入門し、奇術師になる。半年過ぎた頃より、付人、後見などで舞台に立ち経験を積み、1966年に独立し、数々の舞台で活躍。寄席、国立演芸場、博品館、ロスアンゼルス・マジックキャッスル等に出演。1991年、故・内海好江師匠に永六輔氏を紹介され、1992年、小泉源兵衛氏にシャンソンの教えを受ける。1993年、永六輔演出で「歌いながらマジック」を澁谷ジァン・ジァンで発表。永六輔作詩「見つめていたあなた」「奇術は話術」他。その後、「歌いながらマジック」が大好評で今日に至る。2005年、寄席の女流芸人たち15名で木遣りの会「大江戸小粋組(永六輔名付け)」を立ち上げ、国立演芸場にて旗揚げ公演を行い、成功を収める。

清水 万紀夫
1962年、国立音楽大学クラリネット科卒業。多才なマルチ・プレイヤーとして、録音スタジオでも多忙を極め、その実力と暖かい人柄は、多くの人々から人望がある。レコードは、フィリップス・レコードより「インストルメンタル・シリーズ、クラリネット篇」等、レコーディング多数。現在フリー、自己のグループで活動している。

小泉 源兵衛
中学1年生の頃から米軍キャンプでピアノを演奏。日本のジャズ界の草分け的存在だった元東京キューバンボーイズのピアニストとして活躍。越路吹雪さん、三輪明宏さんなどのツアーに参加。永六輔さんのすすめで芸名を“小泉源兵衛”とし、中村八大さん亡き後、永六輔さんのピアノ伴奏をずっと務めている。定評のある洗練されたピアノ演奏で多くのファンを持ち、ピーコさんや、多くのシャンソン歌手の先生でもある。

開演するとまず、舞台上に永さんと遠藤さんが登場。ピアノの前には小泉さんも。永さん、登場するなり「敬老の日のイベントへようこそ」の一言で、早速笑いを誘っていらっしゃいました(笑)
お客様の中には、ラジオでの永さんのお声に慣れていらっしゃる方が多かったと思いますが、生の永さんに会えた!という感動が、客席全体から伝わってくるような幕開きでした。

そして、シャンソン歌手のみなさんが次々と登場されます。間にはクラリネットの清水さんも登場されました。歌われた曲をご紹介しますね。

花島 皆子
『バラ色の人生』
海原 純子
『アンリ・サルバドールにささぐ』
『それぞれのテーブル』
『アコーディオン弾き』
『若いころ 30歳は』

花島 皆子(歌と手品)
『見つめていたあなた』
『奇術は話術』

米元 ますみ
『水に流して』
『君を愛す』
『雨』
『パダン・パダン』

清水 万紀夫(クラリネットソロ)
『小さな花』

二宮 眞知子
『夜の海』
『綱渡り』
『青色のジャヴァ』
『過ぎ行く艀』

これだけの出演者の方々が次々に登場し、歌い継いでいかれる舞台は本当に豪華でしたね。
そして、間には永さんと遠藤さんのトークで盛り上がりました。長年の永さんファンで、ラジオを聴くのが習慣というお客様も多かったかと思いますが、生のトークを間近で聴く感動は一入だったようで、喜びのお声を本当にたくさんいただきました。
「ちらしから、楽しいコンサートを予想していたが、心が震えるような内容だった」、「日ごろは介護をしており、今日は大いにリフレッシュできました」等、アンケート用紙にびっしりと感想を書いてくださった方が多く、皆様公演前からこの日を本当に楽しみにしていてくださり、当日はご満足してお帰りいただけたのだなあと、私たちスタッフもひしひしと喜びを感じることができました。
永さんは、全国各地を回られているだけあって、本当に話題が豊富ですね。お話の引き出しの多さに驚きました。それに、やはり「カリスマ」の雰囲気は、お歳を重ねられても変わるものではありませんね。これぞエンターテイナー!といった舞台姿でした。

またやってほしい、次回も楽しみにしています、というお声も多くいただきました。残念ながら今のところ第2回の予定はございませんが、機会に恵まれれば、是非また開催したいですね。

今回も駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。


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